日本刀
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小龍景光

小龍景光(こりゅうかげみつ)

 作者・影光は、備前長船の中でも美しい日本刀を作る刀工として有名、この小龍景光は、景光の中でも随一の作と称される。建武の中興の時に活躍した武将・楠木正成の愛刀だったことから「楠公景光」とも呼ばれる。正成は湊川の合戦で戦死し、小龍景光も行方不明となった。戦国時代、豊臣秀吉の手に渡り、徳川家康に贈られた。偽のものも出たが本物の小龍景光は試し斬りの山田浅衛門が所有しており、東京都知事・大久保一翁へ、そして皇室へ献上された。現在は国宝に指定され、東京国立博物館に所蔵されている。

 丙子しょう林剣(へいししょうりんけん)

 大阪府の四天王寺が所蔵し、東京国立博物館に寄託された、七世紀の直刀。聖徳大使佩刀といわれ、国宝に指定されている。この太刀が四天王寺に奉納されるようになったいわれを紹介しよう。

 仏教は欽名明天皇の時代(六世紀)に百済から経文と仏像が贈られ、日本に伝来したとされるが、それ以来仏教肯定派の蘇我氏と否定派の物部氏はことごとく対立してきた。ついに用明天皇亡き後の皇位継承問題から両者の対立は激化した。劣勢の聖徳太子は四天王の像を彫り、勝利の祈願をし、「勝ったならば、必ず寺塔を創建し、四天王を祀ります」と祈った。形成は逆転した。約束どおり聖徳太子は四天王寺を創建し、四天王を安置するとともに、「丙子しょう林剣」を奉納した。