日本刀
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七星剣

七星剣(しちせいけん)

 丙子しょう林剣と共に四天王寺に奉納された、もう一振りの剣がある。聖徳太子の佩刀「七星剣」だ。中国より」伝来した星宿(星座)信仰を象徴する紋様がほどくされた剣を総称してそう呼んでいる。称徳太子が四天王寺に奉納したもの、法隆寺金堂の持国天の像に持たせていた物、稲荷山古墳から出土したもの等多数存在する。はるか昔の華やかな異国文化を思わせる名刀である。

 千代金丸(ちよがねまる)・治金丸(ちがねまる)・北谷菜切(ちゃたんなーちりー)

 中世の琉球王朝に伝わる三振りの宝剣「千代金丸」「治金丸」「北谷菜切」にはそれぞれ伝説がある。

 「千代金丸」は北山の王・はん安知の愛刀であった。戦略家の中山王と、裏切り者の家臣によって窮地に立たされた自身自害しようとするも、この刀の刃が鈍り腹を斬る事が出来ない。近くの川にその刀を投げ込み、他の小刀で自害した。川に投げ込まれた刀は、拾い上げられ中山王に献上された。

 「治金丸」は宮古島の豪族から尚真王に献上された宝剣である。王の守刀として治金丸と名付けられ、京の研ぎ師に預けられた。剣は偽物とすり替えられていた。治金丸が尚真王の元に戻るまでに、3年の月日を要したという。

 「北谷菜切」は、もともと北谷に住む農民の包丁だった。懲らしめの為子供に包丁を振る仕種をすると、触れてもいない子供の首がすとんと落ちた。役人が来て、試しに牛に向かい包丁を振ると同じように首が落ちた。包丁は首里城に届けられ、王はこれを刀に打ち直させて、宝刀とした。

 いずれの三振りとも、国宝に指定され、那覇市歴史博物館に所蔵されている。